クラシック音楽との出会い
子供の頃、我が家の環境はクラシック音楽とは無縁でした。そんな中で私の心を捉えた最初のクラシック音楽は、中学1年(1961年(昭和36年))の時の音楽の中間テストでのことでした。
教室に流された楽曲の曲名を答えるという問題で、モーツァルトの「トルコ行進曲」が出題されたのです。
試験前に聴いていたので曲名はすぐに分かりましたが、あらためて試験そっちのけで聴き惚れていたように記憶しています。
同時にレコードが欲しいと思った最初の曲ともなりました。
これが私のクラシック音楽体験の始まりで、最初に買ったレコードは17センチ盤の「トルコ行進曲」だったのす。
当時家には、アンサンブル型(左右のスピーカーが一つの箱に入っているタイプ)のステレオがあり、レコードはそれで聴くことができました。
中学時代は小遣いもあまりないので17センチ盤の「ハンガリア舞曲」や「ボレロ」「中央アジアの高原にて」「ツィゴイネルワイゼン」などを買っていました。
高校に入るとベートーヴェンやモーツァルトなど古典派の音楽を聴くようになり、中でもベートーヴェンの「運命」には深く感動し、レコードが擦り切れるほど聴いたものです。
そのうち、ヘンデルの「水上の音楽」を聴いて流麗なメロディーとトランペットが高らかに鳴るエンディングに「これはいい!」とバロック音楽がいっぺんに好きになってしまいました。
毎日学校から時間を惜しむように急いで家に帰ると3時半ごろから始まるFMのクラシック音楽番組を聴き、夜は確か毎週木曜日だったと思いますが金内吉男のナレーション(柔らかくて素晴らしい声だった)による「バロック音楽の夕べ」があり、毎週楽しみに聴いていました。
アルカンジェロ・コレルリの「合奏協奏曲」もこの番組で初めて聴きました。
二十歳を過ぎると、シューベルトやシューマンのドイツ・リートも聴くようになり、とくにフィッシャー・ディースカウ(br)/イエルク・デムス(p)のコンビによるシューマンの「詩人の恋」は大いに気に入り、いまだに愛聴盤として離せません。
このレコードは当時、「レコード芸術」で声楽家の立川澄人も「私の愛聴盤」という寄稿文でこのレコードをあげていました。(2009.4.29)
大きな影響を受けた「音楽芸術論」(村田武雄著)
私のクラシック音楽への想いが深まったのは高校時代の同級生との語らい、月刊誌「レコード芸術」の定期購読、別冊「ステレオのすべて」、FM放送のクラシック音楽番組などいろいろありましたが、とりわけ影響が大きかったのは、3年生の時に読んだ村田武雄(1908-1977)著の「音楽芸術論」でした。おそらく「レコード芸術」で紹介されていたのだと思います。タイトルは硬いですが高校生の私にとってとても読み易く、大いに啓発された本でした。いま46年ぶりに読み直してみて、私の音楽認識のベースになっていたことに改めて気が付きました。(2012.4.9)
音楽芸術論
音楽之友社の音楽文庫となった村田武雄著の「音楽芸術論」。 |
音楽芸術論
文庫化される前の初版の時はどんな本だったのだろうか。 |
著者推奨のバッハ作品
傍線は当時引いたものであるが、「フーガの技法」と「マタイ受難曲」はその時はまだ聴いたことがなかった。現在はどちらもこよなく愛する作品であるが、とくに「マタイ受難曲」は今ではとくに聴く頻度が多くなっている作品だ。 |
昭和41年11月1日購入
初版1951年(昭和26年)2月25日、1966年(昭和41年)10月10日第8刷。手書きで「昭和41年11月1日(火)夕 若草書店にて求ム」とあるが、私はこれはと思う本にはこのような書き込みを行なっていた。若草書店は西落合の自宅の最寄駅、西武線新井薬師前駅近くにあった書店で今はない。 |
そしてバッハ
バッハ音楽との出会いは、高校時代に愛読していた音楽の友社の「レコード芸術」や「ステレオのすべて」でバッハのレコード評などを読んだことがきっかけです。
バッハを高く評価する記事を読むたびに聴いてみたいという思いが募り、レコードが欲しいという気持ちも高まるばかりでした。
でも私が使っていたレコードプレーヤーはセラミック式カートリッジで針圧が大きかったため、高価な30センチのLPレコードを掛けるわけにはいきませんでした。
しかし欲しい気持ちは抑えようもなく、とにかく買うだけは買っておこうと、高校3年の冬休み(昭和42年1月)のアルバイトで得たお金を全部つぎ込んで、前から決めていたレコードを3枚買いました。
下のレコードがその3枚のレコードです。このうち2枚はカールリヒターです(→好きな演奏家)。当時から30センチLPは1枚2000円もしたので、3枚で日給500円の2週間分のバイト代が消えてしまう勘定です。
そのうち聴けるだろうとと思って買ったレコードでしたが、やはり早く聴きたいとの思いが抑えきれなくなって装置の自作を決意しました(もちろん最低の費用で)。
レコードを傷つけないためには何をおいてもまず軽針圧のレコードプレーヤが必要と考え、秋葉原に行ってトーンアーム、MM型カートリッジ、キャビネットを調達してプレーヤーを自作しました。
次に一番単純な真空管アンプ(6BM8シングル1段)を回路図を見ながら自作。
最後にコーラル音響の16センチコアキシャル型スピーカーを90センチ四方の平面バッフルに取り付け、左右2枚を天井と鴨居の間に斜めに設置(低音など出るわけが無い)したのです。今では簡単に低音再生を手に入れることができるようになりましたが、当時はお金を掛けないと実現できませんでした。
こうして音質はともかく、どうにか30センチLPレコードが聴ける環境を作りました。
(2009.4.29)
18歳の冬のバイトで初めて買ったバッハのLPレコード(1967.1)
音楽の捧げもの
BWV1079。オーレル・ニコレ(fl)、カール・リヒター(チェンバロ)指揮。アルヒーフ。曲の解説は「その主題(フリードリッヒ大王の主題)を聞きすすむならば、音の大建築物の前に立つ自分を発見するであろう」との文章で締めくくられているが、それを読んだ時、自分がまさに感じた通りであることに驚いた。 |
管弦楽組曲
第2番BWV1067・第3番BWV1068。カール・リヒター指揮、ミュンヘンバッハ管弦楽団。アルヒーフ。第2番の弦楽器の荘厳さ、第3番の金管楽器の華やかさが素晴らしく、昨年(2008年)の娘の結婚式披露宴では、第2番を新郎新婦入場時、第3番をお色直し再入場時に流してもらった(その他、音楽の捧げもの、ブランデンブルク協奏曲も使用)。 |
ヴァイオリン協奏曲全集
第1番BWV1041・第2番BWV1042・2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043。ヘンリック・シェリング(Vn)指揮、ウィンタートゥール音楽院管弦楽団。フィリップス。このレコードだけは1枚で“全集”になっていたので、買い得と思って選んだが、結果は大当たり。素晴らしい名演だった。
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バッハの故郷への憧れ
初めて聴いたバッハに感動(特に「音楽の捧げもの」)してからというもの、伝記を読んだりしてはいつかバッハが生まれたドイツに行ってみたいと(本当は強烈に)思うようになりました。
その憧れていたバッハの国、ドイツへの旅行が今年(2009年)実現し、バッハが生まれたアイゼナッハの町や最後の半生を過ごしたライプツィヒの聖トーマス教会をこの目で見てくることができました(→バッハ旅行記)。(2009.8.22)